2022年3月16日
この日は自動車レース界にとって忘れられぬ日になるでしょう
重鎮、伝説、さまざまな言葉で形容され、「クニさん」の愛称で親しまれてきた高橋国光さんが永眠されました
2020年7月27日には、日本のモータースポーツの発展に長年に渡り大きく貢献した功績が認められ「スポーツ功労者顕彰」を受章されたほどの人です
クニさんの追悼展が、ホンダウェルカムプラザで2022年3月19日より(4月3日まで)、日産グローバル本社ギャラリーで2022年3月24日より(4月14日まで) 行われています
ホンダウェルカムプラザでは、クニさんの生涯を彩った3台のマシンが展示されています
その3台とは
- 日本人ライダーとして初めての250ccクラス優勝を飾ったマシン ”ホンダRC162″
- 1995年のル・マン24時間レースにて、高橋国光・土屋圭市・飯田章で挑み GT2 クラス優勝を獲得した “ホンダNSX-GT2”
- クニさんが監督として采配を振るい、2018年に山本尚貴、ジェンソン・バトンの手で SuperGT GT500クラスのシリーズタイトルを獲得した “RAYBRIG NSX-GT”
多くのファンからの献花が供えられ、中には SuperGT Team KUNIMITSU の現ドライバーである山本尚貴選手・牧野任祐選手からも
日産グローバル本社ギャラリーでも、クニさんにゆかりのある3台が展示されていました
- 1969年の日本グランプリで、クニさんがドライブしたニッサンR382 23号車
- 1972年東京モーターショーに出展されたが、実際のレースでは使われず幻となったスカイライン2000GT-R レーシングコンセプト(KPGC110型)
- クニさんと土屋圭一さんの名コンビでグループAにて勝利を上げたスカイラインGT-R STPタイサンGT-R 2号車 (BNR32型 1993年)
日産グローバル本社ギャラリーでは、献花などはされていませんでしたが、多くの人がしみじみとマシン達を眺めているのが印象的でした
何度もサーキットに通いながら、クニさんと直接お話させてもらう機会は無かったのが、いまさらながら悔やまれます
(日産系の方々は何度かあるのですが)
それでもトークショーとかで聞く、あの温和な語り口調と優しい言葉使いが、もういないのだ見れないのだと思うと悲しくて残念なりません
哀悼の意を表します
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